森田冴子は、実業家である父と渡米したとき、機内で見かけた国際線ステュワードの精悍な背中に魅せられてしまった。だが、その男、宮城譲二は、スパイ容疑を受けロンドンから消えたとか、傷害罪で保釈中の身だとかいう、物騒な噂が多々ある「複雑な」彼だった。冴子は、彼に翻弄されまいと、必死で恋心にブレーキをかけるが、やがて2人は恋人同士になり…。三島が40歳で書いた、青春恋愛小説。
評価:★★★★☆
昭和の恋愛小説である。
譲二のような自由な男は昭和の時代ではだらしのない男だったかもしれない。多くの男は勤勉に働き、女性は家を守った。冴子のように親の秘書とはいえ仕事を持ち、充実した生活を持つ女性は少なかった時代だ。しかし多くの女性は身持ちを守りつつ、相手を思い続けることが日本人の常識だった。冴子とて例外ではない。
次々と明らかになる譲二のスキャンダルに強い好奇心と抗えない思いを膨らませる冴子。引き合わされた二人はちょっとした事件をきっかけに急速にお互いの存在を求め始める。
譲二の来し方行く末がエンタテイメント的ではあるが、それは自分の思うがままに生きてみたいと願う男の象徴でもある。当時、彼のように生きることはどれほど困難であっただろう。今はちょっとした勇気さえあれば誰もが世界へ飛び立ち、好きなように生きる道を選ぶことができる。それがどれほど幸せであるかを知ることは、この時代を生きる自分には難しい。
だからこそ少しづつ熱を帯び、少しづつ距離が縮まっていく二人の恋模様を読者として見守っていくことができる。クライマックスで譲二は来ない。その理由がまさに彼の生きてきた道の姿でもある。
三島由紀夫40歳の作品である本作は小説として大変面白い。三島特有の重厚さもなく、比較的軽めの文体である。大人の純情な恋愛を感じることができる一作。
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