11/6(金)
ほぼ一週間ぶりに仕事に出る。前々からアポの予定があったクライアントへ伺うために、相模原へ直行。最寄り駅で営業担当と待ち合わせ、気持ちの良い気候の中、20分ほど歩いて到着。この日はオリエン的な打ち合わせがほとんどだったのである意味では助かった。しかしながらいろいろと細かな用件も含め二時間近く打ち合わせは続き、訪問先を後にしたのは昼前になっていた。
気になっていた携帯メールを確認すると妻から「熱が上がりはじめました。帰ってこれますか?」とあった。後輩の営業に今日も午後から休むことを告げ、そのまま帰宅。菓子パン、りんご、ポカリ、など病床に伏すであろう妻が食べられそうなものを駅前のLIVINで買い揃えて14時前に帰宅。家から相模原は遠いのだ。
これまでの娘二人ととほぼ同じパターンで急激に熱が上がったようだ。一人で病院に行くというので心配ではあった学級閉鎖中の娘と赤ちゃんの世話を引き受ける。小一時間ほどで帰ってきた妻の手にはタミフルがあった。家族に感染者がいる場合は検査をせずに新型だとほぼ断定するという。まぁ、どう考えてもその可能性が最も高い。すでに罹患している娘二人は妻に近づいても大丈夫だが、できる限り僕は避けておいたほうが言いと忠告されたそうだ。すでにここまで感染が広がっているのだが無意味に近いかもしれないが・・・。
ゆっくり休めるように普段は寝室としては使用していない部屋に布団を敷いて加湿器をセット。食欲もないようなのでポカリだけは飲ませて寝かせる。寒気がひどいようで、部屋には暖房をかけていた。
夕飯は長女と二人、昨晩の残りを少しアレンジして済ませる。次女は今日から粉ミルク。
0時頃にうめき声が聞こえ、慌てて妻のもとへ。熱が苦しいのは当然だが、搾乳していないので胸が張って苦しいという。ボウルとタオルを準備して妻はふらふらになりながら搾乳し、僕はそれを処分する。本当に倒れるように眠りに落ちる妻。ここ数日の子供らの看護にも相当疲れていたのだろう。できる限りゆっくり休んでほしいと願う。
11/7(土)
少しだけ熱は下がったようだがそれでも38度越。りんごを剥いてポカリを渡す。うどんも湯がき、いつでも食べられるようにスタンバイしておく。この日は長女の診断書を病院にもらいに行かなければならない。予約制の小児科なので、予約開始の8時半にすぐに電話したのに52番という気の遠くなる受付番号を渡される。土曜日は午前診のみで12時までなので、30分おきに電話して現在の受付番号を確認する。11時半の段階でもまだ36番。受付時間が過ぎてしまうので待たされるのを覚悟で出発。妻の電動自転車を借りて後ろに長女を乗せ、次女を抱っこバンドで括って出発。長女は自分の自転車で行かせても良かったのだが、次女もいるし時間もできる限り短縮させたかったので一台で移動。あぁ、世間の母の偉大さを身につまされる。
想定していたとはいえ、受付番号はまだ40番にも達していない。まだまだ時間がかかりそうだったので先に買い物に行く。今晩のおかずや妻から頼まれていた搾乳機を買い揃えて再び病院へ。そのときで13時。お腹がすいてきたのだが、すぐに順番が来るからと娘に言い聞かせ、待合室に座る。・・・・・・一向に呼ばれる気配はなく、自分たちの順番が来たときにはすでに14時を超えていた。先生も少しお疲れのご様子だったが気さくにいろいろとお話してくださり、待ちすぎてささくれ立った僕の心を少しほぐしてくれた。
あまりにも待たせたので長女が食べたがったパン屋の惣菜パンを買い込み、急いで帰宅。
妻はタミフルが効きはじめたようで熱がものすごく下がっていた。少し普通に話もできるようになっていた。相変わらず食欲はないようだったが買ってきた菓子パンは少し食べてくれた。病院で「この際だからお父さんもかかってしまいなさい」と言われたことを話すと、激しく同意された、
「あなたは日ごろから病気になりやすいのだからこういう大病にも早いうちにかかったほうがいい」
自分でもそう思うのだが、多くの意に反して僕は感染せず今日を過ごしている。
11/8(日)
気がつけば長女の発症から一週間が経過。次女に感染し、妻に感染した。僕は一週間会社に行かず最低限の仕事を自宅でこなす日々が続いていた。タミフル効果で熱が下がった妻は体調もだいぶ良くなったようで、用意した食事も少し食べられるようになってきた。
主夫生活は続く。掃除、洗濯、買い物、食事の用意と常に仕事が待っている。日ごろからやっていない分、どうしても手間取ってしまい時間を要してしまう。仕方がないことなのだが、この辺をもう少し要領よくやれれば自分も楽ができただろうと思うことが多々ある。特に食事がそう。料理は少しはできるのだが、良くも悪くも「ちゃんとした料理」しかできないので、やたらと時間がかかる。平気で1.5~2時間も使ってしまうので非常に非効率だ。ここ数日の様子を病床から見ていた妻からは「そんなことはしなくていいから、買ってきて食べてくれ」と言われたのだが、動ける人間がいるのに外食や惣菜に頼ることはなかろうと自分では頑張ってみる。しかしそれが結果的に非効率につながっているのだから妻の進言を素直に聞いておくべきなのだ。
夜には妻の具合もかなりよくなっていた。9日の午前中は次女の再診があるので、そこまではやって午後から出社することにする。この一週間で家族が家族であるために必要なことをあらためて学んだ気がする。僕が感染しなかったのも、きっと神様が日ごろの家族への感謝が足りないこと僕に対してペナルティを与えたのだと思う。事実、インフルに感染しなったことで疲労はたまり、仕事もたまった。でも体が動ける以上、それらを対処していかなければならない。
自分が頑張るというのは、頑張るための環境があるということ。蔑ろにしていたつもりはないが、僕はそのような環境にきっと慣れすぎてしまっていたのだろう。平日ももう少し家族の時間を持てるよう、これからはもっともっと意識しなければと感じる一週間の終わりだった。
素敵なご夫婦ですね
投稿情報: | 2010年2 月16日 (火) 11:34