交際3年、求婚済み、歳の差なし。ここが世界の頂点だと思っていた。こんな生活がずっと続くんだと思っていた――。精緻にしてキュート、清冽で伸びやか。野間文芸新人賞作家が放つ、深い喪失を描いた物語。
評価:★★★★★
大人になるとうまく泣けなくなる。
もちろんそれなりに悲しいことやつらいことはあるわけで、そのたびに声を上げて泣きたい気持ちになる。ただ、理性的な感情がそれを飲みこむことが多くなってきた。純粋に涙を流すことは恥ずかしいことではない。それはわかっているのにどうしても堪えてしまう。泣いてしまったほうが自然な場面でさえ必死に耐えようとすることがある。自分の感情を制御してしまうようなことがある。それが大人になったからかどうかはわからないが、少なくとも僕にとってはここ数年でとにかく感じることだ。
だからというわけではないが、本当に泣いてしまえる小説を手に取った。書店で何気なく手に取った文庫本なので作者の作風も作品のあらすじも知らない。「何回泣いても愛したい」という帯のコピーに自然と手が伸びた。僕は純真な恋愛小説が好きなのだ。
ごくごく自然な日常に訪れるブックという愛犬に迫る死の予兆から物語は始まる。ブックを喜ばせるために四年間乗っていなかったバイクを修理する。ごく自然なプロポーズ。ブックの回復、二人の新しい生活、物語はやさしさと愛しさに包まれた春の陽気のように健やかに、そしておだやかに流れていく。
そして彼女の病気、入院、一人の部屋、仕事、お見舞い。物語が少しずつ哀しみを色濃くしていくなか、主人公である藤井君の思考や行動がとてもいい。素直に感情移入できる。あまりにも自然に彼に感情移入できるがために、本当に彼と同じだけ涙を流すことになる。大げさではなく本当に電車の中なんかでは読まないほうがいい。
藤井君が手にもつ開かない箱。6月11日、7月7日、恋人同士でしかわからない記号のようなものが胸を熱くする。本当に誰かを愛するということを体験したことのある人なら間違いなく涙を流せるだろう。
愛するものを喪った時、人はその現実にうまく立ち向かえない。数多くの後悔がこみ上げ自責の念に駆られる。日常を生きることができなくなる人もいる。しかし、生きている限り、人は再生することができる。立ち上がることができる。喪失を乗り越えることはできないが、向き合う事ができるようになる。
人は生きる。ひたむきに。失ったものを背負いながらも明日を目指す。
文学作品としては大作ではないかもしれない。しかし、心に残る作品になったことだけは間違いない。
追記
この作品を読み終えたのは11/26(木)。この日、大阪時代の元後輩が事故で亡くなったとの連絡を受ける。ほとんど一緒に仕事をしたこともなく話した数も少ないのだが、やはりショックだった。若い人が亡くなるのは本当につらい。心からご冥福をお祈り申し上げます。
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