工業デザイナーを目ざす私、昆虫に魅入られた写真家のロバ、不安神経症を乗り越え、医者を志す愛子、美容師として活躍する曜子。偶然一つのマンションで暮らすことになった四人は、共に夢を語り、励ましあい、二組の愛が生まれる。しかし、互いの幸せを願う優しい心根が苦しさの種をまき、エゴを捨てて得た究極の愛が貌を変えていく…。評価:★★★★★
再読シリーズその3。
前回の『パレード/吉田修一』から「そういえば男女四人で暮らす宮本輝の切ない小説があったなぁ」と思い出し、書庫から再読。初読は6~7年ほど前だと記憶している。
切なく哀しい話である。そこには誰もが相手の幸せを心から願うという滑稽なほど満ち足りたやさしさがある。3DKのマンションで共同生活を始める男女四人。それぞれが誰かを思いやり、傷つき、傷つけ、それでも幸せの姿を描き、願う。
なぜこれほどまでに我慢しなくてはならないのかと感じることが何度もある。それは僕が男である分、与志とロバに向けられ強く思い入れることにもなるのだが、それにしても人が好すぎる。もし、僕が彼らのどちらかの立場に立ったとして、彼らほど打ちのめされたとしても彼らほど寛容に、かつ強くはなれないだろう。
「時間も偶然も金では買えない。たしかに与志くんのいうとおりさ。でも命も金では買えない。金で買えないもののために、金が必要なんだ。金ってやつは金で買えないもののために真価を発揮する」 「俺は騙してくれって言ってんじゃないよ。嘘をつくってことと、本当のことを口にしないってこととは違うんだ。(後略)」 「哀しいよ。のたうちまわりたいくらいだよ。でも、人の心の変化は阻止できない。俺たちは、いま他人のために生きてるんだ。だから、愛子にとってどうすることが幸福につながるかを考えなきゃいけないんだ」 「ひでえことをしやがる」女がずるいわけでも男がバカなわけでもない。
それなのにお互いのことを思うがためにお互いを傷つけあうということはどうして起こるのだろう。恋愛がそういうものであるとすれば、成就しない恋愛は苦痛でしかない。それも人生に痕跡を残す苦痛となるだろう。
誰かのために生きるということは、その背景に多少なりとも自分自身へのメリットを感じる必要がある。それは精神的なものかもしれないし、物質的なものや経済的なものかもしれない。そのメリットを捨ててまで尽くし続けることの意味をやはり愛なのか。それは違うのだと思いたい。そうでなければ誰もが愛の重さに耐えられないではないか。
宮本輝の小説の中で3冊選べといわれれば、いれるかどうか迷う一作である。やさしい気持ちを感じることができるが、自分自身にはとうてい投影できない歯がゆさも感じる。
<追記> 本作は野沢尚脚本、主演:岸谷五朗, 夏川結衣, 寺脇康文, 鷲尾いさ子にて映画化されている。正直なところもう一つではあるのだが、小説と同時に見ておいてもいい。
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